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【ことなら'23春】仏教とは何か―佐々木閑さんインタビュー - 「無我」に救いの道を 授戒が「仏教国」の始まり

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 日本で初めて仏教文化が花開いた地、奈良。伝来の歴史や役割について、仏教学者で花園大学文学部特任教授の佐々木閑さんにお話を伺った。

 

インタビュー
花園大学文学部特任教授 佐々木閑さん

「われわれが肩の荷を下ろすための唯一の道が仏教なのです」と話す佐々木閑教授=京都市中京区の花園大学

 

佐々木閑(ささき・しずか) 1956年、福井県生まれ。花園大学文学部仏教学科特任教授。文学博士。京都大学工学部および文学部卒業。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。米国カリフォルニア大学大学院留学を経て花園大学教授、2022年から特任教授。専門は仏教哲学、古代インド仏教学、仏教史。主な著書に『インド仏教変移論 なぜ仏教は多様化したのか』『科学するブッダ 犀の角たち』『日々是修行』『仏教は宇宙をどう見たか、アビダルマ仏教の科学的世界観』など。

 

 

仏教とは何か

太子の仏教外交

 ―聖徳太子は、なぜ仏教伝来を望んだのでしょうか。

 

 当時の日本から見れば外国は中国です。中国は文化の源泉でした。その中国と対等な外交関係を結ぶことを目指したのが蘇我氏と聖徳太子です。物部氏は保守派だったわけです。仏教を取り入れるか、排除するか、国を分けての大論争で戦争になりました。結果、蘇我氏が勝ちました。中国文化圏に入り遣隋使を始めたのは当然のことです。

 

 そして、中国と同じ文化圏であることを証明するために新たに取り入れたのが仏教です。僧侶がいて中国と同じお経を読み、国を守る鎮護国家を祈っている―。それを外交使節団に示したかったわけです。

 

聖徳太子誕生の地と伝えられる橘寺。本堂は太子殿と呼ばれる=明日香村

 

 

悲願の「僧」招来

 ―国際社会の一員となるグローバル化のために仏教を取り入れたかったというわけですね。

 

 そうです。しかし正式に仏教を取り入れるためには三つの定義がありました。仏(ブッダ)・法(お経・教え)・僧(お坊さんが修行をする組織=僧伽〈さんが〉)の三つです。仏は仏像を、法はお経を書いた巻物を中国から持ってくればよく、聖徳太子が著したとされる「三経義疏(さんぎょうぎしょ)」はお経を理解した証拠となりました。

 

 問題は僧です。僧の組織である僧伽は4人以上の僧がいなければ認められません。さらに、新しい僧侶を誕生(授戒)させるためには10人以上の僧侶の認可が必要とされていました。授戒を行える高僧と10人以上の僧を中国から連れてくる必要があったのです。聖徳太子の時代はそれができず、僧の招来は大和朝廷の悲願となったのです。

 

仏教を柱にした国づくりを進めた聖武天皇が開いた東大寺=奈良市雑司町

 

 

鑑真和上の授戒

 ―そして聖武天皇の時代に鑑真和上の来日が果たされたということでしょうか。

 

 中国から大変な苦労をして海を渡ったのが鑑真和上です。奈良の都では聖武天皇らが国賓として和上の到着を待っていました。和上の到着後すぐに授戒の儀式が行われました。

 

 鑑真和上を日本へと招いた僧たちを主人公とした井上靖さんの歴史小説「天平の甍(いらか)」の最後には授戒の場面が描かれています。「よく保つや否や(この先戒律を守るのか)」と授戒者が尋ねると「保つ」と答える声が天平の甍にこだまする。当時の様子が浮かぶようですね。

 

 そしてようやく日本は仏教国になりました。これが奈良の都への仏教の伝来です。

 

苦難の末、日本に戒律を伝えた鑑真和上(唐招提寺の鑑真和上坐像のお身代わり像)=奈良市五条町の唐招提寺

 

 

鎮護国家の役割

 ―その後、仏教はどのように信仰されたのでしょうか。

 

 日本は、仏教で国を統括するつもりはなかったので、これまで日本で信仰されてきた神道と合わせたのです。後の神仏集合となるものです。人々には神、中央政策にはブッダ。他国では仏教は独自の組織をもっていましたが、日本では自治権を持たない国家組織の一つとされていました。仕事は中国使節団への対応のほか、国の安全を祈る「鎮護国家」の役割を果たしていました。国家の後ろ盾で国家のために仕事をする形で出発しました。

 

仏教の伝来について「中国と同じ文化圏であることを証明するために取り入れたのが仏教」と話す佐々木教授=京都市中京区の花園大学

 

「輪廻」の世界観

 ―仏教の輪廻(りんね)を信じるとはどういった意味ですか。

 

 輪廻というのは仏教の専門用語で、生まれ変わりという意味ではなく仏教の世界観です。六道、六つの世界をぐるぐる回ることを信じることが、輪廻を信じるということです。非常に狭い世界であり、死んだお父さんが見守ってくれている=輪廻を信じる、ではないのです。

 

 最近は、輪廻と生まれ変わりが混同されています。私は輪廻という狭い世界は信じていません。

 

 

唯一の救い仏教

 ―現代社会における仏教の役割、救済の心をどう捉えればいいでしょうか。

 

 今の時代に六道輪廻や善業悪業など、科学的に見て成り立たないものを信じろと言っても無理なことです。

 

 われわれは心の中に煩悩(ぼんのう)があります。煩悩というのは「偏見と先入観」です。その大本は「自己中心性」です。全てを自分中心に見ようという欲求があるのです。自分に都合よく見ることが煩悩の大本です。元々の仏教はその煩悩を消すと究極の安楽へ行くことができると説いています。それを涅槃(ねはん)といいます。煩悩を消すと輪廻が止まるといわれています。

 

 煩悩の消し方をわれわれに教えたのが釈迦です。輪廻を信じない現代の人にも煩悩はあるのです。釈迦が教えた煩悩の消し方そのものは時代が変わっても変わらないので、われわれが仏教として提示することに意味があります。煩悩に左右されて自分で自分を苦しめるという愚かな状態から脱出できるということです。煩悩の中心が自我であり、それが仏教独自の世界観になります。自我とは魂のことです。

 

 世の中では、みな魂があるとか自分探しとか、自分の中に本質的な何かがあることを前提に考えます。仏教で考えるとそれは全部間違いで、それこそが苦しみのもとだと考えます。自分に執着し、自分中心にものを見ていくこと。それを消すにはどうしたらいいか、というところで釈迦が残したいろいろなお経が生きてくるわけです。

 

 現代、自我の塊のように生きているわれわれが肩の荷を下ろすための唯一の道が仏教だということです。キリスト教やイスラム教は魂の存在が前提となっているのでダメなのです。魂の存在が苦しみのもとだと考えるのは仏教だけです。だから「無我」といいます。「無我」を仏教として提示すると多くの人が救われると思います。

 

 ―ありがとうございました。

 

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