金曜時評

防衛費増額 外交こそ本分では - 論説委員 増山 和樹

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 ウクライナのショッピングセンターにロシア軍のミサイルが着弾した瞬間とされる映像が公開された。黒煙とともに建物が吹き飛び、1発のミサイルが買い物を楽しんでいた人々の日常を一瞬で消し去った。死者は20人からさらに増える見込みという。

 

 ロシアがウクライナに侵攻して4カ月。10日に投開票が行われる参院選は、このような映像が各種メディアにあふれる中で公示された。長引く侵攻は物価高などの形で生活にも影響を与え、多くの有権者が戦争や平和について考え、思いを深めたことだろう。その思いは投票行動にもつながる。

 

 岸田文雄首相は6月28日までドイツで開かれた先進7カ国首脳会議(G7サミット)で、防衛力の抜本的な強化と防衛費の「相当な増額」を表明した。これまでGDPの約1%だった防衛費を2%に引き上げることを念頭に置いたもので、28日に来県した安倍晋三元首相も「抑止力は戦争を止める力になる。世界の標準であるGDPの2%という予算を獲得していく」と訴えた。

 

 GDPの2%となれば新たに年約5兆円の予算が必要だが、どのような装備をいつまでにどれだけ調達するのか、どのような防衛戦略を描いているのか、国民の目に明らかではない。中期防衛力整備計画などで具体化されると思われるが、倍増ありきで議論を積み重ねるのは危険だ。専守防衛の基本姿勢が根本から崩れることになりかねない。

 

 安倍元首相は「自国を守る努力をしない国に手を差し伸べる国はない」と訴えたが、そうだろうか。唯一の被爆国である日本は戦後、平和の意味を見つめ、世界に問い続けてきた。自国を守る努力とは、銃を持って戦うことだけではないはずだ。被爆国として専守防衛と外交に力を尽くすことこそ本分ではないか。

 

 同様の発言は安倍氏に限らず耳にする。ウクライナの惨状を背景に共感を得たいのだろうが、「自国を守る努力」を国民の血に求めるなら、極めて重い言葉と知るべきだろう。戦後77年、国民は他人任せでただ平和を享受してきたわけではない。

 

 岸田首相が表明した防衛力の増強は、戦後日本にとって防衛政策の大きな転換点となる。軍拡競争に乗ってしまえば防衛力の強化に天井はない。目標も定かでないまま突出した防衛費を予算化するのは避けねばならない。戦争体験者が少なくなった日本で平和の意味が問われている。

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